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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)575号 判決 1963年5月13日

原告 内田安二郎

右訴訟代理人弁護士 高橋高男

被告 日栄証券株式会社

右代表者代表取締役 上西康之

右訴訟代理人弁護士 高橋太郎

被告 佐藤喜代治

主文

被告等は、原告に対し、各自、金三十五万八千八百六円及びこれに対する昭和三十四年二月五日以降完済まで年五分の金員を支払え。

訴訟費用は、被告等の負担とする。

この判決は、原告において被告等に対し、各金六万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

まず、被告会社に対する原告の請求の当否について、判断する。

原告主張の一の事実のうち、被告会社が証券業者であること被告佐藤が被告会社の外務員であつたこと、(四)の事実は、被告会社の認めるところであり、右事実と成立に争いのない甲第一号証の一≪中略≫を総合すれば原告は、左記各当時、被告会社の被用者であり、外務員であつた被告佐藤に対し、昭和三十年六月頃、株式の名義貸及びこれに伴う名義書換を委託し、原告所持の本件(一)の株券を交付し次いで、昭和三十二年一月頃、増資株式の払込を委託し、本件(一)の株券の株式二千株に割り当てられる増資株式五百株(有償増資、旧株式四株について、新株式一株の割合、払込金一株金三十五円)について、本件(二)の払込金を交付し、次いで、昭和三十三年八月三十日、株式の名義書換を委託し、原告所持の本件(三)の株券を交付し、かつ、株式の売却を委託し、原告所持の本件(四)の株券を交付したことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

次に、原告主張の二の事実のうち、被告佐藤が昭和三十三年九月三日、本件(四)の株券の株式を売却し、その売得金が合計金二千九百八十円(千代田火災株式二十株分金九百十円、函館ドツク株式六十株分金二千七十円)であることは、被告会社の認めるところであり、右事実と前示甲第六、第十号証≪中略≫を総合すれば、被告佐藤は、本件(一)の株券の交付を受けた昭和三十年六月頃以降遅くとも昭和三十二年一月三十一日までの間に、右株券を、本件(二)の払込金の交付を受けた昭和三十二年一月以降遅くとも昭和三十三年十二月二十三日までの間に、右払込金を、本件(三)の株券の交付を受けた昭和三十三年八月三十日以降遅くとも同年十二月二十三日までの間に、右株券を、それぞれ、自己のために費消し、また、本件(四)の株券の株式を売却した昭和三十三年九月三日以降遅くとも同年十二月二十三日までの間に、右売得金合計金二千九百八十円を、自己のために、費消したことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

次に、原告主張の三の(二)の事実についてしらべてみると、被告佐藤が被告会社の被用者であつたことは、すでに判示したとおりである。また、証券業者が顧客から、株式の売買の委託を受けることは、その本来の業務に属することは、顕著な事実であり、さらに、その手続のため、株券の寄託を受けることは、その付随的業務に属すると解すべきである。そして、証人二宮夫、同三上達弥の各証言≪中略≫を総合すれば、証券業者が顧客から、株式の名義貸及び名義書換の委託を受け、その手続のため、株券の寄託を受けて、顧客のため、株式の名義貸及び名義書換手続をし、また、寄託株に対する有償増資株式の払込の委託を受け、払込金の寄託を受けて、顧客のため、株式払込手続をすることは、その本来の業務に属しないが、顧客に対するサービスとして、通常、いずれの証券業者も行つていることが認められるので、右各行為は、証券業者の付随的業務に属すると解すべきであるから、被告会社においても、右各行為をすることは、その付随的業務の範囲に属するということができる。被告会社代表者尋問の結果中、右認定に反する部分は、たやすく信用できないし、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

しかして、証券業者の外務員は、一般に、当該証券業者のため、証券業者と顧客との取引について、証券業者を代理する権限を有するから、被告会社の外務員であつた被告佐藤は、証券取引法第五十六条第一項に規定される権限の外に、事実上委任された権限として、被告会社のため、顧客から、株式の売買の委託を受けて、株券の寄託を受け、また、名義貸及び名義書換の委託を受けて、株券の寄託を受け、さらに、寄託株に対する有償増資の払込の委託を受けて、払込金の寄託を受ける等の権限を有したものと解すべきであるから、被告佐藤が原告からすでに判示したとおりの各事務の委託を受けて、本件各株券及び払込金の寄託を受けた行為は、被告会社の業務の執行行為に属し、その後における被告佐藤のこれに関する行為は、すべて被告会社の業務の執行についてなされた行為と認定するのが相当である。被告佐藤喜代治本人尋問、被告会社代表者尋問の各結果中には、原告が被告佐藤を信頼し、同被告人に右事務の委託をし、本件各株券及び払込金の寄託をしたものである趣旨の供述があるが被告佐藤が被告会社の外務員として、すでに判示したとおりの職務権限を有したものである以上、原告が被告会社との取引を避け、被告佐藤個人との取引をしたということができるためには、原告と同被告との間に、特別の個人的信頼関係が存在し、このため、原告が同被告に対し、被告会社の被用者の資格を離れ、個人の資格において、原告の代理人として行動することを求め、被告佐藤がこれに応じたことを認めるべき特段の事情の存在が必要とされるところ、本件においては、かかる特段の事情は認められないから、右供述部分は、たやすく、信用できない。

以上の事実によれば、被告佐藤の本件(一)(三)の株券、本件(二)の払込金及び本件(四)の株券の株式の前示売得金の費消行為は、同被告が被告会社の業務を執行するについてなされたものであるといわなければならない。

そこで、被告会社の一の抗弁についてしらべてみると、被告会社は、東京地方における証券業界においては、証券業者がその発行する正規の預り証によらない現金又は株券の寄託について、責任を負わないとする商慣習がある旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、成立に争いのない甲第四、第五号証≪中略≫を総合すれば、東京地方における証券業界においては、従来、外務員が顧客から、現金又は株券を預つた場合、証券業者名義の正規の預り証を発行しないで、往々事故が生じたことがあつたところから、昭和二十六年十月頃以降、証券業者は、顧客から、現金又は株券を預つた場合には、必ず、正規の預り証を発行し、これと引換でなければ、株券等の引渡に応じないようにし、かつ、右預り証がないときは、その責任を負わないようにすることとし、その旨を、東京証券取引所及び東京証券業協会の連名で、新聞に広告し、また、証券業者の店頭に掲示し、さらに、証券業者が顧客に対して交付する売買報告書に記載して、顧客に、その周知を図つていたが、右のような取扱は、十分に励行されているものではなく、たとえ正規の預り証がなくても、寄託の事実が証明されるならば、証券業者は、その責任を負う場合のあることが認められるから、右のような取扱方法は、いまだ、証券業者及び顧客を拘束する商慣習であるということはできない。したがつて、右慣習の存在を前提とする被告会社の右抗弁は理由がない。

次に、被告会社の二の抗弁についてしらべてみると、証人二宮夫の証言、被告会祉代表者尋問の結果を総合すれば、被告会社は、外務員選任の方法として、東京証券取引所において、所定の講習を終了し、登録を経た者を外務員に選任し、また、業務の監査の方法として、平素、外務員に対し、東京証券取引所、東京証券業協会等からの通達に従つた指示を与え、日常の業務取扱について、訓示をし、特に、顧客に迷惑をかけることのないようにとの注意を与えている上、社内講習等を通じて、品性の向上を図らせ、業務取扱の指導をしていること、被告佐藤は、右のような過程を経て、被告会社の外務員に選任され、また、その業務について、右のような監督を受けていたことが認められる。しかしながら、右選任までの過程は、制度的に外務員の養成に不可欠と考えられるものにすぎないし、右監督の方法も一般的な指示注意を与えていたものにすぎなく、本件事故発生の防止に必要な事前の注意が具体的になされていた事実は認められないから、右認定事実だけでは、いまだ、被告会社が民法第七百十五条に免責事由として、規定される選任監督について、相当の注意をしたということはできない。したがつて被告会社の右抗弁は理由がない。

以上の次第であるから、被告会社は、原告に対し、本件事故により、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

次に、被告会社の三の抗弁についてしらべてみると、原告が本件各株券及び払込金について、被告会社から、正規の預り証の交付を受けなかつたことは原告の認めるところであり、また、東京地方においては、昭和二十六年十月頃以降、東京証券取引所及び東京証券業協会が連名で、前示新聞広告をし、かつ、証券業者の店頭に前示掲示をし、さらに、証券業者が顧客に対し、前示記載のある売買報告書を交付していたことは、すでに判示したとおりである。しかも、前示乙第一号証≪中略≫を総合すれば原告は、被告会社を通じて、本件(一)又は(三)の株券の株式のうちの千株を買い付けた昭和二十八年二、三月及び本件(四)の株券の株式を売却した昭和三十三年九月当時、被告会社から、前示趣旨の記載のある売買報告書(乙第一号証の一ないし四、甲第四第五号証)の交付を受けながら、右記載に注意を払わなかつたこと、したがつて、原告は、本件各株券及び払込金を被告佐藤に交付した際、被告会社発行の正規の預り証の交付を受けないで、ただ、被告佐藤が自己の名刺の裏面及び被告会社の用紙に本件各株券を預つた旨を記載した預り証(甲第二、第三号証)の交付を受けただけであり、また、その後、その問合せも請求しなかつたことが認められる。しかしながら、株式の取引の現況においては、右広告、掲示及び記載のような取扱は、十分に励行され、徹底されているものでないことは、すでに判示したとおりであるから、原告が右取扱に従わないで、被告会社から、正規の預り証の交付を受けなかつた事実をもつて、いまだ、原告の過失とするに足りないものというべきである。したがつて被告会社の右抗弁は理由がない。

そこで次に、原告の受けた損害についてしらべてみる。

原告主張の四の(一)の事実のうち、日本水産株式の昭和三十年五月一日以降昭和三十二年一月三十一日までの間の東京証券取引所における最低の価格が一株金七十二円であることは、被告会社の認めるところであり、また、被告佐藤が本件(一)の株券を費消したのは、原告から、その交付を受けた昭和三十年六月頃以降遅くとも昭和三十二年一月三十一日までの間であることは、すでに判示したとおりであるから、原告は、右株券を費消されたことにより、少くとも、右株券の株式二千株の右期間における最低の価格合計金十四万四千円と同額の損害を受けたということができる。

原告主張の四の(二)の事実のうち、日本水産株式について、昭和三十二年一月及び昭和三十三年六月原告主張の割合、払込金額で、増資株式が割り当てられたこと、日本水産株式の昭和三十二年一月二十八日以降昭和三十三年十二月二十三日までの間の東京証券取引所における最低の価格が一株金六十円であることは、被告会社の認めるところである。そして、原告、被告佐藤喜代治に対する各本人尋問の結果を総合すれば、本件(一)の株券の株式二千株について、右増資株式が原告に割り当てられなかつたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はなく、しかも、右増資当時、原告が右増資株式の割当がなされても、その引受をしなかつたであろうこと、あるいは、右旧株式を他に譲渡していたであろうことを認めるべき特段の事情は認められない。したがつて、右株券の前示費消行為がなければ、右株式二千株について、昭和三十二年一月、増資株式五百株(有償増資、払込金一株金三十五円)が原告に割り当てられ新旧株式合計二千五百株となり、次いで、右二千五百株について、昭和三十三年六月、増資株式千五百株(有償増資千二百五十株、払込金一株金五十円、無償増資二百五十株)が原告に割り当てられ、新旧株式合計四千株となり、原告は、増資株式二千株を得ることができたと予想される。そこで、原告がこれを得ることができなかつたことによる損害額を算定するのに、右損害額は、原告が右増資株式を増資後処分したであろう特段の事情の主張も立証もない本件においては、右株式の増資時の価格と増資払込金額の差額により、算定すべきところ、右株式の増資当日における価格を認め得る資料はないが、少くとも、昭和三十二年一月二十八日以降昭和三十三年十二月二十三日までの間の右株式の前示最低の価格をもつて、増資当日の価格とみるべきであるから、原告は、右株券を費消されたことにより少くとも、右増資株式二千株の右期間における最低の価格合計金十二万円から、右増資株式五百株分払込金一万七千五百円、同千五百株分払込金六万二千五百円を控除した差額金四万円と同額の損害を受けたということができる。

原告主張の四の(三)の事実のうち、日本水産株式について、昭和三十二年九月以降昭和三十三年九月までの間に、別表記載のとおりの利益配当及び源泉徴収がなされたことは、被告会社の認めるところである。そして、原告、被告佐藤喜代治に対する各本人尋問の結果を総合すれば、本件(一)の株券の株式二千株及びその前示増資株式二千株について、右利益配当が原告になされなかつたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はなく、しかも、原告が右利益配当当時、右株式を他に譲渡していたであろうことを認めるべき特段の事情は認められない。したがつて、右株券の前示費消行為がなければ、右株式合計四千株について、昭和三十二年九月以降昭和三十三年九月までの間に、別表記載のとおり、株主手取額合計金二万六千三百二十六円の利益配当が原告になされたと予想されるから、原告は、右株券を費消されたことにより、右利益配当金と同額の損害を受けたということができる。

原告主張の四の(四)の事実についてしらべてみると、原告が本件(二)の払込金一万七千五百円を費消されたことは、すでに判示したとおりであるから、原告は、これと同額の損害を受けたということができる。

原告主張の四の(五)の事実のうち、日本水産株式の昭和三十三年八月三十日以降同年十二月二十三日までの間の東京証券取引所における最低の価格が一株金六十四円であることは、被告会社の認めるところであり、また、被告佐藤が本件(三)の株券を費消したのは、原告から、その交付を受けた昭和三十三年八月三十日以降同年十二月二十三日までの間であることは、すでに判示したとおりであるから、原告は、右株券を費消されたことにより少くとも、右株券の株式二千株の右期間における最低の価格合計金十二万八千円と同額の損害を受けたということができる。

原告主張の四の(六)の事実のうち、本件(四)の株券の株式の売得金合計が金二千九百八十円であることは、被告会社の認めるところであり、また、原告が右売得金を費消されたことは、すでに判示したとおりであるから、原告は、これと同額の損害を受けたということができる。

してみれば、被告会社は、原告に対し、右損害金合計金三十五万八千八百六円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和三十四年二月五日以降完済まで民法所定の年五分の遅延損害金を支払うべき義務がある。

次に、被告佐藤は、同被告に対する原告の主張事実を明らかに争わないことになるので、民事訴訟法第百四十条により、原告の主張事実を自白したものとみなされるが、右主張事実によれば、同被告は、原告に対し、前示損害金合計金三十五万八千八百六円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和三十四年二月五日以降完済まで民法所定の年五分の遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて、原告の本訴請求は正当として、認容することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項本文を、仮執行の宣言について、同法第百九十六条を適用して、主文のとおり、判決する。

(裁判長裁判官 豊水道祐 裁判官 土田勇 佐藤栄一)

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